「基礎」力がわかる寓話
ここにある寓話があります。
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イタリアの有名な音楽家のもとに、一人の青年が音楽の教授を求めて訪ねた。
音楽家は言う。
「よしたほうがよかろう。音楽の道はたいへんだから」
青年は答える。
「必ずどんな苦労もしますから、ぜひ教えてください」
音楽家はこの青年の言葉通り、小言や不満を言わないことを条件に青年を採用した。
それから青年はその家の家事・洗濯・炊事等をこなし、間を縫って音楽の教授を受けた。が、教わる内容は初めの1年は音階だけ。2年目も3年目も音階だけ。
なんと4年目も音階だけだったため、さすがの青年も不足を鳴らした。
「何か変わった楽譜を教えてもらえないでしょうか?」
しかし師匠は一言のもとに叱り飛ばした。
5年目になりようやく半音階と低音使用法を教えてもらった。その年の暮れ、
「もうお前は帰ってもよろしい。私の教えることはすべて終わった。お前はいかなる人の前で歌っても他人に引けを取ることはなかろう」
そう言って青年に免許皆伝をしたのです。
その青年はカファレリと言い、イタリア第一の名歌手となった。
by 高森顕徹「光に向かって100の花束」より抜粋
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引用文献
『何事も「基礎」が大事』とはよく言われることですが、その基礎力を養わず、前に進もうと躍起になるのもありがちです。
私の本業に関してもたびたび「基礎」の大切さを確認させられます。私の仕事は 現在は電話の営業職なのですが、言葉遣い、傾聴姿勢、アポ取り、アポ厳守など研修時に習うような基礎が慣れでぞんざいになり、それが低成績の要因になる人を見受けます。
私たちの肉体も下半身に筋肉の70%が集まっており、体型としては下半身が基礎でしょう。その観点から筋トレは「下半身の筋力あって、上半身の筋力あり」というのが順番として正しいと思います。
ただし基礎で止まってしまっては進歩上達もなくなります。ということは基礎から入り応用・発展と進むことは正当ですが、基礎がなければ身につけられないのが応用・発展。だから上掲の寓話で師匠は4年間も音階だけ、5年目にそれに尾ひれを付けた半音階、低音使用法を習わせたのです。著者の高森氏は次のようにまとめられます。
「音階ぐらいとバカにしてはならない。それを5年間も魂を打ち込んで教授したのは、基礎が完成すればどんな難しい楽譜でも自由自在に操ることができるからである。何事も基礎が肝要」
スポーツ選手がブランクに陥ったときに基礎を見直すという話はよく聞きます。木が根っこを土台とするように、応用・発展も基礎を土台とします。応用・発展を好成績とすれば、低成績は「応用・発展ではない」ということになり「応用・発展ではない」ということは「基礎がしっかりしていない」ということになります。(基礎があって応用・発展が乗せられるため)
一時(いっとき)応用・発展にステージアップしたとしても、それを維持するのは基礎固めが維持されることが前提です。あなたの環境下におかれましても、何かしらで成績不調や伸び悩みに直面したときは、ぜひ当記事を参考にしていただき、基礎を顧みられることをお勧めします。
基礎が土台となって初めて応用・発展が乗せられます。応用・発展にステージアップしても、基礎が崩れれば全体が崩れ、結果は基礎以下となります。つまり一時(いっとき)応用・発展に行っても、常に基礎固めに注視しなければ、いつでも基礎以下に陥落するおそれがある、ということ。基礎力とはかくも重要な役割を担うのです。そして基礎に時間を割いた分、基礎が忘れにくくなるため、その分応用・発展に時間を割くことが可能となります。それが上掲の寓話では5年間だったということ。
基礎力は、何も学習面だけではなく、人間関係や仕事、生活習慣等、すべてに当てはまる根幹をなすものです。軽視せず、逆に全力投球すべき対象と心得ます。
本日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。