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「運」のつかみ方

イギリスの心理学者 リチャード・ワイズマン博士は十年以上かけて運のいい人の法則を幾多の実験と分析で明らかにしました。角川文庫から発行されている「運のいい人の法則」には端的に次の条件でまとめられています。

 

  1. チャンスを最大限に広げる
  2. 虫の知らせを聞き逃さない
  3. 常に幸運を期待する
  4. 不運を幸運に変える

 

いずれも納得できることばかりです。これらを総合的にまとめると一つの必須要素が浮かび上がります。それが「行動」です。

 

フットワーク軽く機敏に行動する。それらを日常に散らせる人が結局は虫の知らせを含めて行動し、何かしらをゲットします。日常の行動といっても、コンビニ店員への挨拶や職場の人と雑談でいいのです。本当にちょっとした人付き合いと、何かのはずみでお願い事をする勢い、願望を常に念頭に置いて生活をする、そんなことの積み重ねが大事だと思います。

 

私はこのワイズマン博士のまとめを最近改めて知り、20代前半の恋愛体験を思い出しました。私は当時、自宅付近のコンビニによく通っていて、あるコンビニ店員を気になっていました。そしてついに私はその人が仕事が終わるころを見図り、直接話しかけ、携帯のメールアドレスを書いた手紙を渡したのです。

 

奇跡的に連絡をくれ、デートを重ね、付き合うまでになったのですが、今思えばなぜそんな勇気が出たのかわかりません。しかしワイズマン博士の「1~4のまとめ」の1と3を特に意識した行為に違いなく、人生は本当に行動したモン勝ちだと思い知りました。

 

どんな人生も勇気のある人にはかないません。その勇気もささいな行動の量で幾分にも負担を減らせます。会話や合う頻度が多ければ多いほど、勇気の必要性も薄まります。また頻度を多くすることで虫の知らせも引き寄せられます。

 

いつもの私の論調で申し訳ありませんが、やはりできる行動を積み重ね、ここぞというときは勇気を振り絞り体当たり。地味で当たり前のことですが、勇気を振り絞る対象があるだけで幸せです。何も行動しなければ、勇気も減ったくれもない人生が待っているだけなのですから。

 

「運」のつかみ方

 

  1. チャンスを最大限に広げる
  2. 虫の知らせを聞き逃さない
  3. 常に幸運を期待する
  4. 不運を幸運に変える

 

あなたはいかがお感じになりますか?

 

本日も最後までお読みいただきありがとうございました。

「逆張り投資」の罠

株式投資でいえば、株価が上がっている最中に、さらなる値上がりを期待して投資することを「順張り」といい、その逆を「逆張り」といいます。「逆張り」は株価が下がっているところを、大衆心理とは逆さまに購入していきます。そこには「勇気」が必要と思われます。しかし逆張りでうまくいった人たちは「逆張り」をチャンスと捉えるため、想像とは裏腹に小躍りしながら買っている人も多いはず。

 

何が言いたいかというと、私は分散投資の一つに仮想通貨がありますが、その仮想通貨がのきなみ下落しており、果たして現況、逆張りで購入すべきか?ということです。

 

一番時価総額多いビットコインで見てみると、過去最高の天井がざっと「1ビットコイン=700万円」でした。数週間前まで「1ビットコイン=500万円~450万円をうろうろしていましたが、5月12日現在、「1ビットコイン=350万円」で、天井の半値まで下がっています。

 

もう仮想通貨やビットコインは終わりなのでしょうか? 今日までに、さまざまな記事があがっていますが、「ビットコインはもう見限られた」という見方が目立ちます。逆張り投資家は"こんなときこそ買いだ!"と小躍りするのでしょうか?

 

大事なことは順張りも逆張りも、今後の値上がりを期待するという点では同じなわけで、ビットコイン将来性が「ある」と判断したならば、ここぞと買いに走るべきでしょう。「ない」と判断したならば、損失が出ていても即刻売るべきです。

 

つまり逆張りで成果を上げるには、下がれば買えばいいのではなく、下がった銘柄(やコイン)に、将来性がある場合に限られるということです。ここを勘違いすると、下がればとりあえず買ってしまい、結局下がったままという状態を招きます。

 

独立系投資信託のパイオニアさわかみ投信逆張り投資をすることで有名です。しかしさわかみ投信の運用方法は極めてシンプルで、生活に根差した会社の銘柄を、株価が適正を下回った場合のみ購入します。

 

具体的には、私たち生活者に必ず必要と思われる会社をあらかじめピックアップします。そして常に株価をチェックします。そしてリーマンショックやコロナショックのように、外的要因で一時的に株価が崩れたときに、すかさずリズミカルに買いに走ります。このようなスタンスで何十年もやってきたと、著書で書かれています。

 

ビットコインは果たして生活に根差しているでしょうか? まったく根差していません。ということは、続落中の現在、買いに走るのは危険ということになります。ただし、2017年から2018年のように急に値上がりする可能性もあるわけで、もしそのような現象が再度起きれば、いま仕込んだ額は、2倍・3倍・10倍と返るかもしれません。

 

で、最終的にどうすればいいか?

 

余裕資金の10%以内で、「夢」を買えばいいのだと思います。私はすでに10%以上を保有しているため、今から買い増すつもりはありません。しかしまだ保有しておらず、冒険に出たい方は、10%以内という規律を守って「夢」をみるのも悪くありません。

 

仮想通貨じたい、このまま下火を続けるか、それとも消滅するか、はたまた値上がるか、どこまで考えても答えは出ません。それならば失ってもいい額で挑戦してみるのも生活に刺激を与えてくれます。

 

コア・サテライト戦略で、コアの部分は堅実に投資信託ドルコスト平均法で積み増し、サテライトの部分で「夢」を見る、そんなバランスが投資を楽しくスリリングにしてくれると思います。

 

逆張り投資」の罠

 

それは投資対象が将来性のあるものに限ること。経営体質が疑われる不祥事を起こした会社などは問題外。さて仮想通貨に将来性はあるか? 誰にもわからない以上、余裕資金の10%以内で夢を見る、それも悪くないということでした。

 

あなたはいかがお感じになりますか?

 

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「お金持ち本」の唯一の活用法

俗に言う「お金持ち本」をあなたは読んだことがありますか?一番有名なところでは「金持ち父さん・貧乏父さん」シリーズだと思います。書店に行けば所狭しと多数のそれらしき本が置いてあります。しかしそれらのどの本を読んでも、おそらくお金持ちにはなれません。なぜなら具体性に欠けるからです。

 

例えば不動産投資をすることが推奨されていても、属性が低ければ銀行から借入ができません。また利回りや立地などの良物件に出会えなければいけません。金融投資でも今後値上がりする銘柄を当てなければならず、投資信託でも時間をかけなければいけません。

 

仕事はどうでしょうか?

 

今の会社で出世は可能か? 可能ならいくら可能か? 無理だったら? 起業をするのか? フリーランスをするのか?

 

すべてに答えはありません。そして成功も約束されていません。いったいぜんたい何が「お金持ち本」なのでしょうか?こう考えていくと本を読んでも意味がないように思えます。しかし私は唯一活用できる点を見い出しています。それが「モチベーション」です。

 

私にとって「お金持ち本」は、ノウハウの収集ではなく、モチベーションの獲得が目的です。ですから読み続け、そのはずみで行動し続けるのです。行動だけが現実を変えるわけなので、その行動にアクセスするにはそれなりに勢いが必要です。その勢いをくれるのがモチベーションという名の「お金持ち本」です。

 

"自分もFIREをしたい!" 

"自分も不労所得を手にしたい!"

"自分も老後資金2000万円を貯めたい!"

"自分も独立して、税金を節税したい!" など。

 

モチベーションなど一瞬で消え失せます。ですが大丈夫です。毎月何冊も何冊も手を変え品を変え出版されますし、別に本でなくてもいいでのす。動画でも雑誌でも、結局はモチベーションが最終目的なので手段は問いません。続けることが大切です。

 

最後に幻想の話をします。最近は不動産投資や金融投資でFIREを達成したという話を耳にしますが、額面通りを読み取ってはいけません。中身として、仕事の収入があって、そこから生活費を引いた余剰分でコツコツ投資を続けた末の産物です。仕事をまずしっかりさせなければ土台から瓦解します。つまりお金持ちになりたいなら、仕事で収入アップを図らなければなれるわけがないという当たり前の帰結です。

 

本も動画もタイトルを過激にしなければ売れるわけがないため、どうしてもオーバーな表現が多用されますが、地に足を付けて一歩一歩仕事と生活を整える、私たちはその凡人戦略で毎日を幸せに生きましょう。コツコツこそ堅実に幸福と資産を増やせる方法はないのですから・・。

 

「お金持ち本」の唯一の活用法

 

生活の基本となる仕事と、余剰分を投資に回すモチベーションを獲得すること。当たり前のことをコツコツ続けるモチベーションを手に入れること。

 

あなたはいかがお感じになりますか?

 

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「99の失敗」の意味

先日ご紹介した、ウィッグ業界の大手「スヴェンソン」という会社の創業者(児玉圭司さん)は、著書で次のように言われます。

 

「人が何かをやろうとすると、99%は失敗する」

 

これは体感から出た言葉のようで、数字だけ見ればユニクロの「1勝9敗」を上回ります。99%というのは大袈裟に聞こえるかもしれませんが、私は非常に勇気がもらえる言葉だと思います。

 

「99の失敗の末に1の成功がある」と捉えるのではなく、「何かにチャレンジするにはそんなものだから、失敗を当たり前のように受け止め、とにかく手を止めずに動き続けよう」と捉えるのです。そう考えると何かを決めたらできるだけ早く動いたほうがいいということになります。早く動けば失敗を早く知れ、その分次なる対策を立てられるからです。

 

先日、ある仮想通貨のアルトコインが、コインチェックから取り扱いを停止するというニュースがありました。私も分散投資の一つとして購入していたため、そのコインに対しては大損です。おそらく50%超の損です。だからその時感じました、"分散しておいてよかった"と。

 

行動もそれといっしょです。何か一つに捉われるのではなく、失敗したら次、失敗したら次と新たな可能性を開拓することが「希望」を生みます。また早く動くことのもう一つのいい点は、体感的にモチベーションを発動できる点です。

 

アクションを起こしたら、現実がその分動き、動いた現実との直面が、自然と次なる行動を歩ませます。この"自然に"という点がポイントです。頭で考えているうちは、心配事が募る一方です。募ったところでますますやらなくなるだけ。

 

ですから、まずは小さな小さな一歩を踏み出すのです。0から1ではなく0から0.1です。貯金も1万円がきつければ、千円から始めるのです。その千円が2千円を生み、5千円を生みます。

 

しかし大半の人は、たかだか千円と軽んじます。それが行動でも起きるのです。「そんなちっぽけな行動をしたところで・・」と。例えば気になる人がいたら、その人に何かをしようとするのではなく、ただ挨拶をし、その挨拶を気持ちよくするように努めるだけでいいのです。その気持ちのいい挨拶が、何かの扉を開けてくれるかもしれません。

 

そうです。今できることにちょっとしたプラスアルファを加え、加え続けることがなによりも重要で、それ以外の思考は(おそらく)0を生むだけです。ぜひ小さな小さな一歩を大切に、それを足掛かりに継続とプラスアルファを心がけてみてください。

 

「99の失敗」の意味

 

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集中力=「揺らぎ」

本日は「集中力」についてです。

 

私たちは何事もリラックスし、全体と目の前とが同時にリンクするような、すべてが一体化した感覚をもちたいと考えます。そのような研ぎ澄まされた状態を私は「集中」と呼びます。

 

ではどうしたらそんなリラックスをし、なおかつ研ぎ澄まされた感覚が得られるのでしょうか?

 

それはひとえに言うのは難しいですが、比較的得られやすい状態というのは私は体感的にわかっています。それは「揺らぎ」に身を置くということです。よく「1/fゆらぎ」と言われたりしますが、まさにそれです。「1/fゆらぎ」に関しては、ここでは置くとして、要は体感的にリラックスしてかつ集中できるモードが手に入ればいいのです。

 

私は週に2日は川沿いをランニングするのですが、なぜ心地いいかが最近とくとわかるようになりました。それは風がいい感じで頬をついたり、風が波を打たせたり、雲がゆっくりと流れたりするからです。

 

これはもう理屈ではありません。体感の世界です。「1/fゆらぎ」の知識をいくら詰め込んでも仕方はなく、いかにそれを手にするか、そしてそこで何をするかです。

 

自然が織りなす「揺らぎ」の環境に身を置けば、自分の生体リズムが呼応し、心身がリラックスします。そこにあらゆる可能性が凝縮され、ある人は集中力を引き出し、ある人は眠りへと落ちます。何を引き出したいかは当人のモードが変えるわけですが、私のランニングでいえば、「没入」とか「ゾーン」とか「ランナーズハイ」のような、まったく疲れを寄せ付けない気分がそれに当たります。

 

勉強を生業とする受験生などが、まったくシーンとした場所より、リビングやカフェなど、ちょっと雑多な場所を好むのも同様のことです。まったくシーンとした場所は「揺らぎ」がありません。少し雑多な場所ですと、人の流れや会話など、多少の揺らぎが生じます。先ほど「自然の織りなす・・」と言いましたが、モーツァルトや有名な音楽家が「1/fゆらぎ」を作品で証明しているように、自然だけが醸し出す産物ではありません。

 

実際にどんな環境が自分に好ましいかは、生身の環境ゆえわかりかねるところですが、常に「揺らぎ」を意識し、環境をチョイスするクセはいろいろな意味で自分を助けることにつながると思います。

 

私は仕事の昼休みによく散歩をしますが、目線が人と違います。私はいつも空を見て歩きます。もちろん前方を意識しなければ危険ですから、意識はしますが、とにかく空を見て、雲の流れや雲の軽さに意識を向けるのです。その感覚がリラックスをくれ、気分の転換をくれます。

 

ぜひ理屈ではなく、知識ではなく、体感として自然に触れてみてください。ボケーっと眺めるだけでもぜんぜんかまいません。「揺らぎ」に仲間意識をもち、揺らいでいるその様(さま)に、自分の神経を重ね合わせ、心身を軽くすることが生体リズムを整わせます。そこに可能性が凝縮します。その可能性にあなたは何を見い出すか、ぜひ都度都度欲しいものを手に入れていただきたいと思います。

 

集中力=「揺らぎ」

 

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何事も見かけほど良くも悪くもない

先日読んだモーガン・ハウセル著「サイコロジー・オブ・マネー」という本に、表題の言葉が載っていました。「過度に成功者を羨んでも的外れであり、過度に不成功者を蔑んでも、的外れなことが多い」ということ。これは私たちも、言われなくてもなんとなくわかっていることです。

 

テレビや今でしたらユーチューブ等の動画で、華やかな成功者に羨むシーンは多々あります。"自分もああなりたい"と。成功者といってもお金持ちだけだけを指すのではなく、例えばダイエットの成功者や芸人よろしくおもしろいセンスを持ち合わせている人など、ジャンルは様々とします。

 

そういう人たちを羨ましいと思う心は素直に受け止めていいと思います。私もさまざまなシーンでそれを感じます。しかしその人(成功者)がそのことに幸福感を抱いているかは別問題です。別問題である以上、その人を幸福と思い自分をそうでないと思うのはやめた方がいいことです。なぜなら自分を幸福にできるのは自分だけだからです。

 

どういうことか?

 

例えばダイエットに成功した人を取り上げると、肥満な人から見れば、肥満から脱却した成功者は羨ましい限りでしょう。しかしその成功者は今日も明日もそして1年後も幸福感を抱いて生活するでしょうか。おそらく否でしょう。ではその成功者はどうしたら幸福感を抱いて生活できるのか?それはその人が自分で新たな課題(テーマ)を見つけ、その達成の途上で新たに(幸福感を)見出す以外にないでしょう。

 

ということは、いま肥満な人は、肥満の克服を課題(テーマ)に、その達成の途上で味わうプロセスが目の前に用意されていることにまず喜びを見出すべきです。そしてその達成の途上でどう幸福感を自分に感じさせるか、その知恵と実行が今を生きる醍醐味をつくってくれます。

 

何事も「結果」は人を幸せにしません。それを証明するかのごとく、時代は開発の余地を残し続けます。狩人の時代から、農業革命、産業革命、IT革命・・・と。

 

ですから今あるものに感謝をしつつ、新たな目標に挑戦することが幸福道の鉄則です。「何事も見かけほど良くも悪くもない」は、人との比較から自分との比較にスイッチをチェンジさせるきっかけをつくってくれます。

 

今の自分から目を反らさず、今の現状から目を反らさず、できることを一歩一歩やっていく、その中でしか幸福感は抱けません。ついつい人や環境に目を向けてしまう我々に、この言葉はぜひ身近に置きたいものです。そして事あるごとに反芻し、現実の自分から逃げずに前を向くきっかけにしたいところです。

 

「何事も見かけほど良くも悪くもない」

 

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「人生は〇〇と▢▢でできている」

頭につけるウィッグ業界の大手にスヴェンソンという会社があります。その創業者で元代表の児玉 圭司さんが著書「1日1話 自分を強くする 成功の教科書 365」で表題の言葉を述べています。〇〇と▢▢には何が当てはまるでしょうか。

 

児玉さんは言われます。

「人生は戦い感謝でできている」

 

戦いというのは、自分との戦いと他人との戦いがあります。児玉さんはスヴェンソンを創業する前は世界卓球選手権大会の日本代表監督も務めるなど、卓球一筋の側面も持ち合わせます。実際に上記の著書も、卓球を例にとったページが数多く割かれています。

 

さて、自分との戦いに勝つのと、他人との戦いに勝つのと、何か違うのでしょうか。それは違わないでしょう。自分との戦いに勝たなければ、他人との戦いに勝てません。その逆も真で、他人との戦いに勝っても、自分との戦いに勝てなければ、真の勝利とは言えません。つまり自分との戦いに勝ってなおかつ、他人との戦いにも勝たなければならない、そういうことです。それを一言で表わしたのが孫子の兵法で有名な次の言葉です。

 

「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」

 

私は40年の人生を生きていますが、おおかた戦いに勝たなければ感謝の気持ちも宿りにくいと思っています。例えば私はこのブログ以外に「私の育毛体験記」というブログをやっていますが、"薄毛のままでいいや" と思うか "なんとか薄毛を克服してみせる"と思うかで感謝の感じ方は未来に違ってくると思います。

 

薄毛に対策を重ねた末、なんとか復活を遂げられた人は、自分が可能性に懸けたことや、人間の未知なる可能性に思わず感謝の念がこみ上げると思います。しかしあきらめた人は、あきらめの境地からの安楽はありますが、感謝はこみ上げてこないでしょう。これは薄毛の人を揶揄する内容ではなく、どの対象も可能性があるのなら、その戦いに挑み、なんとか勝利に導くことが感謝を得られる最善の策と言いたいだけです。

 

可能性がないならそもそも戦いの概念も持たないと思いますから、可能性のある分野で、さまざまな戦いから逃げずに戦っていく、その中で勝利をあげられたものを数え、満足に浸ると同時に、また別の戦いに挑んでいく、それが感謝の人生を可能とする生き方に思います。

 

先の薄毛は自分との戦いですが、相手があっても、人との勝敗はあまり後悔に直結しません。なぜなら自分が全力を出した挙句の敗北は、いっしょに努力をした者としての同士感から相手に尊敬の念も生まれるからです。

 

例外はさまざまにありますが、がんの闘病記や貧乏からの成り上がり、難関資格に挑み続けた人など、戦いの現場は人の数だけ存在します。私たちもどの現場が自分に感謝をもたらしてくれるかを決め、それが一つでも二つでも、そして短期でも長期でも、計画と実行で感謝の念をこみ上げさせることが大事です。

 

一つだけ言えることは、あきらめ癖はけっして感謝を感じにくくさせるということ。人生はあきらめないことから始まるといっても過言ではなく、悔しいことの連続はままありますが、状況が変われば風向きも変わります。私も現在の職場で悔しい思いは何度としましたが、上司が変わって評価が一新し、現在は考課で高評価をいただくことができています。その考課で思うことは、"過去の悔しさで自暴自棄にならずによかった"ということ。自暴自棄は、自分との戦いに敗れたことを意味します。相手に負けても自分には負けてはいけなく、毎日自分に負けなければ、状況や風向きしだいで相手に勝つことも出(で)、そのときに感謝がこみ上げます。感謝はときに我慢と辛抱と忍耐が形成します。

 

ユニクロの経営で「1勝9敗」は有名ですが、現実問題、百戦錬磨などありえません。常に自分に負けない戦いだけを重んじれば、戦況が勝手に相手への勝利をつくってくれます。それを信じて、今日も小さな勝利をいっしょに目指していこうではありませんか。私は今日も小さな勝利を目指し、頑張る所存です。

 

「人生は戦い感謝でできている」

 

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