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目に見えない「資産」

最近 私は年末年始の予定を立てることが多くなりました。あなたはいかがでしょうか? そのようなときにいろいろな方が言われるように、家族や友人、日常の人間関係ほど重要なことはないのではないか、という思いが湧きたちます。

 

例えばある集まりの飲み会があって、滞在が3時間でお代が5000円。この5000円をケチれば福袋が買えます。靴が一足買えます。飲み代は形に変わりません。

 

貯金や貯蓄に走る人は、形に変わったお金を大事にします。しかしこれは長生きの欲と似ていないでしょうか。つまり形のある資産は増えるが、中身が乏しいため、その乏しさを埋めるために形を求める、といった具合です。

 

長生きも毎日が充実していないから、それを求めてしまうともとれます。逆に毎日刺激的で充実していれば、そんなに長生きやお金を求めないような気がします。

 

私も毎日が充実していると胸を張れるほどではありませんが、後悔の量を減らす考えは常に持っています。後悔の量は機会損失の量です。

 

最近もありましたが有名人の訃報はそれを感じさせます。いつでも会える友人といつ会えなくなるかもわかりません。それ以前に会えなくなる可能性があるから会うのではなく、ただ単純に楽しい時間が欲しいから会う、それでいいのではないでしょうか。

 

お金はないよりあったほうがいいです。しかし楽しい時間を我慢してまで貯めるお金に価値はあるのでしょうか? むしろお金は楽しい時間に使わなければ使う場所などないと思います。楽しい時間が見当たらない人はどうするか? それは自分一人の世界でかまわないので、漫画喫茶で漫画を読みまくるとか、ドラマを観まくるなど、全力で楽しい時間を作り出せばいいのです。

 

私は実家に帰ると毎年年始に福袋を買います。それも実家周辺のスーパーで、です。なぜなら私の母親がそれを楽しみにするからです。私自身は興味ありませんが、母親との楽しい時間を過ごすために、中身を確認し、あーでもない・こーでもないと話します。その時間の概念に、いつ母親と離別するかもわからないという認識はなく、単純に温かい時間の共有があるだけです。

 

このような考えは、私はすべてに通ずると思います。運動も食事もそうで、単純にその対象と自分を合一化し、その時間を堪能するだけの、一回完結型でけっこうという感覚です。

 

振り返ったときにいい思い出となる出来事は、あえてそれを狙ったものではなく、目の前の楽しい時間を貪欲に求めた出来事に大方は帰(き)すると思います。辛いことが後から甘酸っぱく感じる青春時代のような感覚はいい思い出のスパイスのようなもので、メインは一回完結型の楽しさ・嬉しさ・喜びをどれだけ積み重ねられるか分かれ目です。

 

人生は今しか生きられません。その今を大切にするためにも年末年始だけでなく、それをきっかけに、目に見えない資産に命を費やされることをお勧めします。私も来年はますます目に見えない資産と心のリンクをテーマに過ごし方を考えてまいります。

 

目に見えない「資産」

 

あなたはいかがお感じになりますか?

 

本日も最後までお読みいただきありがとうございました。