心の戦士!~心が前向きになる言葉~

どんなときでも心を晴れやかに!→ 心の戦士いざ参上!

「逆風」こそ”やりがい”

順風と逆風、どちらが好ましいですか?

そう聞かれて「逆風」と答える人は、相当に珍しいと思います。しかし麻雀の世界で伝説とされる(裏プロの世界で20年間無敗という金字塔を打ち立てられた)桜井章一さんは、何冊もの著書で「逆風」と何度も言われています。なぜでしょうか?

 

それは「自分の力をフルに発揮すれば、逆転できるかもしれないから」です。また「順風のときより成果を上げることができるかもしれないから」です。つまり「逆風のほうが、過程(プロセス)がおもしろいものになるから」という考え。

 

私は、桜井さんの本は何冊も読んでいますが、最近まで上記の考えはあまりピンときませんでした。"そういう性分なんだ"としか思わなかったですが、今は桜井さんの考え方が(私の中で)希望になっています。勇気になっています。

 

今の私の境遇は、紙幅の関係で割愛しますが逆風です。しかし「逆風や劣勢は、順風のときより遠い距離を飛行させてくれるかもしれない潜在力を有している」という考えは間違いなく人を前向きにしてくれます。桜井さんも言われてましたが、スキーのジャンパーは、逆風の浮力を生かして高く遠くに飛ぼうとします。人生もまさにそれ、成長や成果の観点で高く遠くに飛べるかもしれません。

 

しかし留意点もあります。それは逆風を中途半端に捉えては、成長も成果もあったものではないということ。桜井さんのやりがい論を聞いても、必ず「フルに力を発揮すること」が前提で、それでもぎりぎり勝てるかどうかのレベルです。その緊張感や緊迫感が「おもしろさ」であり「スリル」であり「学び」が詰まるという考え方です。

 

仮に成果に結びつかなくてもいいのです。その逆風にどうトライしたかが重要で、フルにトライしたのなら、必ずそこに学びが生まれます。その学びが次回への課題をつくります。

 

私は一点、逆風への向かい方で申し上げたいことがあります。それは「本当は味方かもしれない」です。桜井さんが言われる通り、「逆風だったからこそ、こんな成果を出せた」というドラマが待ち受けるかもしれないですし、「逆転しかかり、逆転できたときの喜びは、それは一入(ひとしお)では済まされない」かもしれないからです。

 

劣勢や逆風なのですから、一回や二回のチャレンジではびくともしないでしょう。何度も多角的に(自分なりに)攻撃を仕掛け、その攻撃をやめないのです。止めなければ、どこかで風向きが変わる瞬間が訪れるはず。そこを見逃さず、果敢に攻めればもはや勝利は目前です。そして時間が流れれば自ずと勝利が確定します。

 

つまりは逆風の中でも勝利は用意されているということ。ただしフルに力を発揮し、根性をもってやり遂げなければその勝利は手にできませんが、勝利が内包されているという事実を認識すれば、こちら側の姿勢や態度は変わってきます。

 

自己啓発の世界で世界的に有名なナポレオン・ヒル博士もこう仰っています。

「失敗や逆境の中には、全てそれ相応かそれ以上の、大きな利益の種子が含まれている」

 

やはり「利益」が含まれているのです。でしたら背を向けることはありません。順風のときは、なかなかフルな力を出せない以上、逆風の今なら出せるかも・・です。が、何も気負うことはありません、淡々と粛々と実験するかのように、いろいろと試せばいいのです。そう、冷静に落ち着いて試すだけ。それでいいのです。フルな力といっても、今までのやり方を変えたり、量を増やしたりと、さまざまなアプローチが考えられますから、その中で自分ができそうなものをチョイスし新しいアプローチをするだけ、その継続です。

 

大事なことはめげないこと、心を折らせないこと、下を向かないこと。そのためには希望の星の光がどこかにないとどうしようもありません。希望の星の光は次の言葉を信じる心になります。

 

「勝負はまだついていない。自分にはまだやれることはある。ここをどうやりくりするかでその後のすべてが決まる。やり方・仕方を改善しよう。改善こそ成果を生む。そうすれば0(ゼロ)に戻るだけでは終わらず、きっとプラスへ浮上する。今、その機会をもらってるんだ。プラスへの浮上はこの機会を通らずしてあり得ない。だったらむしろ歓迎すべき機会。天は私を見放したのではなく、ずっとそばで気づきと応援を果敢にくれていたんだ。私はそれを無駄にしない。」

 

逆風(劣勢)は、逆転の芽を孕ませている。その芽を無視してはいけない。必ず自分のモノにしてみせる」

 

「真剣になれるだけ幸せ」

 

「きっとこの戦い(闘い)は、私の人生の良き思い出となる」

 

「希望の星の光は、今は見えない。突破口は、今は見えない。だが、やがて見えることはわかっている。そのときまでせいぜい待っていてくれ。すぐに迎えに行く」

 

いかがでしょうか。必ず逆転の芽は潜んでおり、それにそっぽ向くのは人生を生きる者としてあまりにもったいない話ではないでしょうか?世の中にあきらめた人はいっぱいいます。その人たちは実際を知りませんでした。誰かが教えてあげればあきらめることはなかったかもしれません。しかし私もあなたも今は違います。その他大勢とは言葉の理解・信仰が違います。実際は「あきらめることはなかった」のです。ちゃんと「喜び・歓喜・しあわせ」は用意されていたのです。しかし中途半端な気持ちでそれはいただけません。真剣に改善・改良を継続し、その先にようやく・・です。そういう意味で覚悟が必要です。そう、あなたに覚悟はありますか? 私はあります。今まさに私は逆風の真っただ中、が、けっしてあきらめません。頑張ります。

 

「逆風」こそ"やりがい"

 

本日も最後までお読みいただきありがとうございました。