「経費最小」
表題の言葉は京セラ創業者、稲盛和夫さんの名言の一つです。わかっていてもなかなか実践できないという経営者、個人の方は多いと思います。本日はこの「経費最小」についてお話しします。「経費最小」を体現するには、一つのコツがあります。それは「お金のかからない時間の充実」です。
例えば日比谷公園などの創設に関わった本多静六さんは、1/4貯金で有名ですが、同時に「仕事の道楽化」を唱えています。本多さんが1/4貯金をできたのは忍耐はもちろん、仕事を道楽化するまでに打ち込んだことも大きな要因だと思います。つまり仕事に費やす時間が多かったため、幸いにして消費や浪費をする時間が省けた」という状態です。
人は暇な時間ができると、お金を使う消費や浪費に走ります。具体的にはそういうスポット(ネットサイトも含む)に足を運んでしまうということ。それを回避するため、「経費最小」は「お金のかからない時間の充実」が必須で、まずそちらを設定することが先決です。
私なんかは休日も副業(アルバイト)をしているため、暇なときはありません。夕方からも人と会ったり、本業の仕事をしたりとタスクが山積し、消化しきれないほどです。しかし人によってはなかなかやりたいことが見つからない人もいると思います。そのときは「お金にならない勉強(仕事)」がお勧めです。例えばYouTubeで英語を学んだり、図書本で投資の勉強をしたりです。
お金を使わないことは、お金を稼ぐこととイコールで、この感覚を持つことがお金を使わない“お得感“につながります。例えば一日中お金を使わない“何か“に打ち込んだ場合、それだけで日給5千円や1万円を稼げたとするのです。お金を使わないことがデフォルトで、それを可能とする知恵や工夫は生きる財産となります。それが生きる目的でもあり、他の人にシェアすればそれがお金にもなります。
私が思うに、中途半端な消費は幸福に寄与しません。それはどんなときかというと、なんとなく使っているときです。私の例でいうと20代のときはスタバを通るたびにコーヒーやフラペチーノを買っていました。よくわからない外食もたびたびで、家にいるときも飲めない酒を2,3缶買い、デザートにコンビニスウィーツは当たり前・・、こんな生活をしていたわけですが、正直何も残っていません。あなたは似たような生活はなかったですか?また現在されていませんか?
もっと怖いのがなんとなくの時間の過ごし方です。命は時間で10代や20代、30代や40代は二度と還りません。“あのときもっと〇〇しておけばよかった“という後悔は生きるうえで一番やってはいけないこととされます。もうおわかりでしょう。実はなんとなくの消費を止めることは、なんとなくの時間を止めることと同義です。
お金にルーズな人は人間関係や約束にもルーズと言われますが、言い得て妙です。くだらない消費や浪費にムチを打つ決心は、本気でそれを可能とする時間の使い方を模索する決心を生みます。両方がセットです。セットでなければ達成できないでしょう。
無駄な消費を止めれば、無駄ではない使途がわかってきます。恋人や友人、家族と過ごす時間で使うお金は、私の中では基本、ケチってはいけない使い道です。ケチって後悔したことがたくさんあるからで、お茶を一つ飲むにも、きちんとした喫茶店やカフェ、ホテルを選びたいです。
「経費最小」
売上最大は望める人と望めない人がいます。また望まない人もいます。しかし「経費最小」は誰しも望んでほしいことで、それがないといっこうにお金は貯まらず家計が逼迫します。それが思考にも悪影響を及ぼすとされます。また経費最小というだけで、お金を貯めていることも重要です。家賃を削り、通信費を削り、なんとなくの消費を削る。それだけで浮くお金は、仕事で稼ぐお金と同一(同価値)のもの。慣れれば不労所得化します。
意にそぐわない仕事をし、留飲を下げるために消費(浪費)するくらいなら、グッと我慢しお金のかからない何かに打ち込んでみてはいかがでしょう。また多少お金がかかっても、心から充実できたり未来に希望が持てるならそれは逆にお金をかけるべきです。なぜなら心を軽視した「経費最小」は、リバウンドにより(消費・浪費と化して)倍返しされるからです。
「経費最小」
●お金のかからない時間の充実
●(許容範囲の)お金がかかっても、時間が充実されるなら、迷わず使え。
当たり前のことを言っていますが、すべての教訓は当たり前のことに帰結します。あとは実践あるのみです。本日も最後までお読みいただきありがとうございました。