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「蓮の花」を生かす「泥」1

あなたは「蓮」という花をご存じでしょうか? よほどの「蓮」好きでないと、普段の会話には出てこないでしょう。私も花に詳しい方ではないため、少し調べてみました。

 

「蓮(はす)」はスイレン科の多年草で池や沼地で育ちます。野菜のレンコンは漢字で「蓮根」と表記し、蓮の茎が泥の中で成長したものを指します。漢字の成り立ちにもあるハチの巣のような穴の空いた断面は誰もが一度は目にしたことがあると思います。
水の底に根を張り、成長すると長い茎を伸ばし、水面に大きな葉を広げます。そして、7~9月の夏の時期には白、ピンク、黄など彩り鮮やかな花を咲かせます。

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さてこの「蓮」の花ですが、上記の説明のように実は「泥」の中で咲きます。そして泥が濃いほど見事に咲くと言われます。この「泥」を人生の糧に見立てた偉人がお釈迦様。お釈迦様は生前に蓮の花をこよなく愛したそうです。

 

そう教えてくれたのは、2011年にお亡くなりになった小林正観さんと斎灯サトルさんです。正観さんは潜在意識やモノの見方などを研究され、その種の本を何冊も出される作家です。斎灯さんは大天井画絵師を中心とした芸術家で、19歳のときに正観さんと出会い、弟子のような形で正観さんがお亡くなりになるまでの15年間を年100日ほどともに過ごされた方です。

 

そんなお二人の共著に「正観さんのしあわせ絵言葉」があります。この本は2010年に斎灯さんが自費出版した「しあわせ言葉の本」をリメイクしたもので、10年後にあたる2020年4月に復刻版として出版されました。正観さんの言葉に斎灯さんの絵と解説(説明)が添えられます。

 

では「蓮」の花を人生と見立てて解説された箇所を見てみます。括弧(太字)が正観さんの言葉で、その後が斎灯さんの言葉です。

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「グジャグジャの私。ドロドロの私。そのドロを糧として蓮が咲く。グジャグジャでドロドロの私を励ましてくれる蓮の花。濃いドロほど、大輪で美しい蓮花を咲かす。」

 

お釈迦さまは、蓮の花を愛しました。なぜお釈迦さまが蓮の花を愛したかというと、蓮の花は泥の中で咲き、しかも泥が濃いほど見事に咲きます。それを人生も同じであると見立てたからです。

 

失敗やつらかったことを「泥」にたとえると、それは自分の人生を豊かにする栄養となる、魂的に素晴らしい体験なのです。

 

この言葉が体に沁み込みまでは、私も「泥」を、ストレス、悲しみ、苦しみ、自己嫌悪の材料にしていました。

 

この言葉を何度も自分に言い聞かせ、「成長の糧」をいただいていると実感できるようになった頃、過去の体験、今の行動、未来への挑戦に対する恐怖がなくなりました。そしてのびのびと行動して、本領を発揮していけるようになりました。

 

この蓮の言葉は、「深い体験を、自己嫌悪の材料とせずに、人生の体験として大切に活かしてほしい」という正観さんのメッセージなのだと思って私は大切にしています。

 

(同書より抜粋)

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いかがでしたでしょうか。

 

私は人生を自然になぞらえて理解することが好きです。ですので蓮の花が水辺に立派に咲いていることはまぎれもない事実で、それは自然現象にほかなりません。私たち人間も自然の一部です。

 

その自然を営む宇宙の根源的なものを「サムシング・グレート」と呼ぶ人がいますが、その言葉を拝借すれば、「サムシング・グレート」は蓮の花にも、私たち人間にも、すべてに分派されているはず。蓮の花に適用されるなら、私たち人間にも適用されてしかるべし、私はそんな風に考えます。

 

よって不慮の災難も、身近な嫌なことも、慢性的なコンプレックスも、すべては「泥」と思い、それを糧に見事に咲く「蓮の花」を自分の生き方(イメージ)と一体化させてみてはいかがでしょうか?

 

私はこの正観さんと斎灯さんのお話に、生きる勇気をもらいました。難しいことは要りません。「蓮の花」に想いを馳せるだけでいいのです。正観さんはモノの見方を研究され、「すべては無味無色。味付けも色付けも、当人がするだけ」という考えを提唱されました。

 

「蓮の花」を自分の生き方に重ね合わせるだけで、あら不思議、途端に感謝の念が湧き起こります。泥がなければ立派に咲けないからです。泥が栄養だからです。

 

日々の小さな行動も、日々の小さな習慣付けも、一つ一つのモノの見方が可否を分かちます。モノの見方は場所を問いません。「ポータブル・スキル」。仕事のスキルもけっこうですが、仕事のスキルを活かすも殺すも根幹を担う「モノの見方」で決まります。少し前に紹介した稲盛和夫さんの「考え方」です。

 

どんな場所にも、どんなシチュエーションにも、

「泥を食らわば 感謝で返そう 蓮の花」

by 私(leonet0702)

 

あなたはいかがお感じになりますか?

 

本日も最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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