打率より「安打数」
元メジャーリーガーのイチロー選手は、現役時代に「打率」ではなく「安打数」を重視していた、という話は有名です。あなたもご存じかもしれません。
実業家の堀江貴文氏も方々で "とにかく打席に立て" と発破をかけられます。はて、その理由はなんなのでしょうか?
それは未来は不確定だからです。何が確定しているかなど誰にもわからないからです。とんと当たり前のことですが、どうしても私たちは失敗に敏感になり、失敗を避けようと画策したり逡巡したりします。
野球のニュースは「打率」をメインに報道されることが多いため、イチロー選手も当然にそれを意識してもおかしくはないところ、さすがイチロー選手です、自分のものさし(絶対評価)で一試合一試合に臨んだからこそ、結果的にあれだけの成績を収められたというわけです。
以前に(当ブログで)「心理的安全性」という話をしたことがありますが、絶対評価はそれを担います。三振が続こうが、一打でも多く打つことが目的ですから、打率は関係ないことになります。すなわち「メンタルセット」の話です。
この「メンタルセット」の"凄み"は、目先の結果に一喜一憂せず、前だけを向く姿勢が培われ、長期的なモチベーションが可能となる点です。よく「質より量」とか「質は量から」と言われますが、それを結果的に地で行ける考え方がそこにはあります。
もし「打率」を目的とすれば、低打率の際にさっそうと"向いていない"と判断し、止めてしまうかもしれません。また高打率の際も、打率を落とすことを避けようと、打席に立たなくなるかもしれません。いずれも本質を見失う形です。本質は"好きかどうか"、"やる意義があるかどうか"、そこでしょう。
『打率より「安打数」』を言い換えると『相対評価より「絶対評価」』となります。私はそのような考え方がとても好きです。なぜなら絶対評価をものさしに、仮に失敗の数が多かったとしても、その失敗の数はその人の「ノウハウ」となり、後進の育成や情報発信に役立てられると思うからです。すなわち失敗の数だけ人の役に立てるということです。
最後に本記事の内容に即する名言を紹介します。
「失敗したらどうしよう」じゃなくて「やり残したらどうしよう」
by 吉岡秀人(発展途上国で無償の医療活動を続ける日本の医師)
時間は有限です。ドアは常に用意されます。用意されたドアを開こうとしないメンタリティこそ、もっとも避けたい事態です。
「1つのドアが閉まれば、もう1つのドアが必ず開きます。それはバランスをとるための、自然の法則なのです」
by ブライアン・
私は自然の法則を信じます。
打率より「安打数」
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本日も最後までお読みいただきありがとうございました。
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