心の戦士!~心が前向きになる言葉~

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我慢や辛抱を前向きに捉えられる言葉

私事ですが、1週間にわたり当ブログを更新していなかった理由は、いま誰もが直面している新型コロナの感染に巻き込まれてしまったためです。といいましても、誰のせいにするわけではなく、私の不注意によることが原因ですが、医師の勧めで数日間入院をしまして、生まれて初めての入院でした。現在は退院し体調も良くなりまして、これもまた人生経験ということで、本日から改めてスタートします。本日は「我慢や辛抱も前向きに捉えられる言葉」です。

 

「往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし」

 

2014年にお亡くなりになった俳優高倉健さんが、千日回峰行を2度も満行した天台宗の僧侶、酒井雄哉大阿闍梨から教わったとされる言葉です。最後のドラマ撮影に臨み、最後の仕事として完遂できるか不安だった高倉さんは、この言葉が救いで決心し、そして本当にやってのけられた功績が何かの記事で讃えられていました。ドラマ撮影は長丁場ゆえ、体調が思わしくない当人にとって、また誰よりも責任感があればなおのこと、決心は揺らぐのは普通です、それを押し殺させたなんとも重鎮な言葉が上記です。

 

酒井雄哉氏も尋常でない修行僧の代表各です。1300年の歴史で千日回峰行を達成された方は、数十年前まで酒井雄哉氏しませんでした。それが1999年に塩沼亮潤氏、そして2017年に釜堀浩元氏が達成されたものの、酒井さんはその中でも2回も達成されています。1回だけでも7年~9年かかると言われ、それでいて荒行中の荒行、それを2回もやり遂げられたのは並々ならぬ覚悟とこだわりがあったからでしょう。

 

そんな酒井さんの生き方がバックグランドにあったからこそ、高倉さんも上記の言葉にひとしおの重みを感じそれを自身にも重ねて励みにされたことと推測します。この言葉の凄みは、精進途上で死んでも悔いはないと言い切っているところです。常人は我慢したらした分だけ何かを欲しがります。辛抱した分だけ得ようとします。しかしそれは本来のあり方ではありません。本来のあり方はいつも片道切符の中にあり、運が良ければ往復になるというもの。

 

受験勉強もそう、鬼のように勉強しても志望大学に合格できるとは限りません。青春時代の恋愛もそう、告白しても相手の答えはわかりません。出世もそう、おべっかを使い、ごまをすっても出世できるとは限りません。片道切符が人生であることは至る場所で確認できます。しかし人間です、そうはいっても我慢や辛抱の分だけは報われたいと思うのが人情。それが通用するときはいいでしょう、しかし通用しないときはぜひ先の言葉を噛みしめ、一人の人間として覚悟を決めて臨むことが大切になってきます。

 

「往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし」

 

人によってどの選択が「精進」に値するのか、どの対象が「忍ぶ」に値するのかは違ってきます。そこを比べてはいけません。他の人にとって易くても、あなたにとって難しければそれが「精進」です。得手不得手や興味の有無は人により変わるからです。

 

最後にどんなときにこの言葉は有効か?です。それは「勇気」もしくは「覚悟」が足りないときです。私たちが初体験(初経験)のとき、対象によっては怖くて逃げだしたいことがあります。しかし心に照らせば素直に実行したい、そんなときです。けっして興味がないわけではなくむしろある方、しかし経験値が圧倒的に足りず恥をかいたらどうしよう、とか本当の自分がバレてしまったらどうしよう・・などと考えてしまう場面です。

 

往くこと意味を見出し、忍ぶことに意味を見出す。結果は知らなくてよく、ただ後戻りをしない勇気と覚悟だけを頼りとする。それが「往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし」です。酒井雄哉大阿闍梨は自身の人生に修行道を選び、その途上でこの言葉を体現されました。日の目を見ることより大切なこと、それは挑戦です。挑戦の前に臆病風に吹かれた際は、ぜひ何度も何度もこの言葉の重み(重厚さ)に触れ、勇気覚悟を備え付けたいものです。

 

あなたはいかがお感じになりますか?

 

本日も最後までお読みいただきありがとうございました。